2016年07月21日

【059】いずれは学ぶ“差点儿没〜”



大家好!

先月の番組で、「否定の“不”――否定辞があるのに,意味は肯定だ」の話をしました、
例えば、“好不热闹hǎo bu rènào”“好不伤心hǎo bu shāngxīn”などです。

さらに,否定辞があるのとないのと,意味は同じになる表現もあります。
 ・上课以前shàngkè yǐqián (授業の前) 
= 没上课以前méi shàngkè yǐqián(授業をする前)
・在结婚之前zài jiéhūn zhīqián (結婚する前)
= 在没有结婚之前zài méiyǒu jiéhūn zhīqián(結婚してない前)
 ・小心感冒xiǎoxīn gǎnmào(風邪に注意) 
=小心别感冒xiǎoxīn bié gǎnmào(風邪をひかないよう注意)

以上のようなケースは初級段階でも出くわすことがあるでしょうが,これから紹介する“差点儿没〜” chàdiǎnr méiは中級レベルの言い回しです。しかし「いずれは学ぶことになる“差点儿没〜”です。
 差点儿迟到了。Chàdiǎnr chídào le.(あやうく遅刻するところだった)→遅刻せず
 差点儿没迟到。Chàdiǎnr méi chídào.(あやうく遅刻せずにすんだ)  →遅刻せず
このように“没”があってもなくても,「遅刻しなかった」ことを表すのです。
ところが次は否定辞の有無が意味に関わってきます。

 差点儿及格。Chàdiǎnr jígé.(もう少しで合格するところだった)→合格しなかった
 差点儿不及格。Chàdiǎnr bù jígé.(もう少しで不合格のところだった)→合格した

この二つの非対称な例を説明する原理は何か。これは「問題となっている事態が,話し手がその実現を望むことか否か」によって,文の意味が変化すると言われています。“迟到”は望ましくないこと,その実現を期待しないことであり,他方“及格”は望ましいこと,起こって欲しいことですね。
 だが,実現を望むか望まぬかは,あらかじめ決まっているわけでありません。例えば“结婚”jiéhūnや“离婚”líhūnはどうか。話し手が望むことか,避けたいことか,人によって違うかもしれません。


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 面白い例をあげましょう。サッカーでAチームがBチームのゴールをめがけてシュート放ちました。さて,ゴールなったでしょうか。
 差点没射进。Chàdiǎn méi shèjìn.
これは話し手がどちらのサポーターかによるのです。Aチームのサポーターであれば,“射进”は「実現して欲しいこと」です。すると「危うく外すところだった→ゴールなった」となる。ところがBチームのサポーターなら“射进”は望ましくないこと。従って,「あぶないところ入らなかった=もう少しで入るところだった」。つまり,どちらのサポーターが言ったかで,意味解釈が変わってしまうのです。なお,“没”のない
 差点儿射进了。Chàdiǎnr shèjìn le.
はどちらが言っても同じ意味=「ゴールはなかった」になります。頭がおかしくなりそうです。
 ともあれ,その文字面だけを見ていたのでは,意味解釈ができないという,こんな現象がほかの言語でもあるのでしょうか。不思議な中国語です。



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posted by 相原茂 at 20:27| Comment(0) | 中国語閑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする